脳が選んだ人生を、そのまま生きますか?
引き寄せ朝活913回。
世界はキッチンで、僕たちはシェフである。
『新訳引き寄せの法則』朗読。
「世界はキッチンのようなもの」
そこには、あらゆる(人生の)食材がそろっている。
そして僕たちは、そのキッチンに立つシェフです。
食材は自由に使っていい。
今食べたいもの(つまり、好きな人生)を作っていい。
でも、僕たちはしょっちゅう、料理を作る代わりに文句を言っています。
「なんでここにパンがあるの?」
「今それ使わないんだけど」
「誰がこんなスパイス置いたの?」
「塩、多すぎない?」
目の前にある“いらない食材”ばかり見ている。
僕たちは現実でも同じことをしています。
クソ上司。
ポンコツパートナー。
うまくいかない仕事。
思い通りに動かない家族。
予想外のトラブル。
僕たちは、それらを見て「なんでこんなものがあるんだ」と言い続ける。
でも、本当はキッチンには別の食材もある。
使いたいものがある。
作りたい料理の素材がある。
なのに、使いたくないものに意識を向け続ける。
だから、その不要な食材がさらに目立つ。
不要な食材中心の人生になってしまう。
引き寄せとは、「ないものを魔法で出す」ことではなく、「すでにあるキッチンで、何を選ぶか」です。
相手を変えたい時、本当に欲しいものは何か。
たとえば、僕はラーメンが食べたい。
相手はカレーが食べたい。
そこで僕たちは、つい相手を変えようとします。
「いや、ランチはラーメンでしょ」
「カレーじゃなくてラーメン食べようよ」
でも、本当に欲しいものは何でしょうか。
相手がラーメンを食べること?
それとも、一緒に楽しい時間を過ごすこと?
もし本当に欲しいものが「楽しく話すこと」なら、相手がカレーで、自分がラーメンでもいいかもしれない。
同じメニューじゃなくても、同じ空気は作れる。
同じ料理じゃなくても、ご機嫌は共有できる。
僕たちは、手段を願いだと思い込みます。
相手が変わること。
上司が変わること。
パートナーが変わること。
家族が変わること。
でも、その奥にはもっと本質的な願いがある。
安心したい。
仲良くしたい。
一緒に笑いたい。
大切にされたい。
自由に生きたい。
ここに戻れた時、世界線の選び方が変わります。
相手を変えるのではなく、自分が本当に望んでいる体験を選ぶ。
これが、引き寄せの大切なポイントです。
喜びを求めることは、自己中なのか。
「喜びを求めることは、自己中心的なのでは?」
そうです。
自己中心的です。
でも、それでいい。
なぜなら、僕たちは自分の視点からしか世界を見ることができないから。
つまり──自己中ってことです。
「自分のために生きる」は自己中。
これはわかりやすい。
でも、「他人のために生きる」も自己中です。
なぜならそれも、「人は他人のために生きるべきだ」という自分の視点だから。
「私は間違っているんです」と言い続ける人も、一見謙虚に見えるかもしれません。
でもそれも、「間違っている私が正しい」という場所から動かない、別の形の正しさかもしれない。
僕たちは全員、自分という中心から世界を見ている。
その中心を消すことはできない。
だったら問題は、自己中かどうかではありません。
どんな自己中で生きるのか。
喜びに向かう自己中なのか。
犠牲に向かう自己中なのか。
相手を変えようとする自己中なのか。
自分のご機嫌を整え、そこから世界に関わる自己中なのか。
ここが大事。
僕とパートナーの関係も、まさにそうです。
僕はどちらかというと、「もっと自分勝手に生きたらいいじゃん」と思う側。
彼女はどちらかというと、「もっと周りの役に立つことをしたらいいじゃん」と思う側。
向きが真逆です。
だから当然ぶつかる。
でも、どちらかが善で、どちらかが悪なのではありません。
善と悪が戦っているのではなく、善だと思っているもの同士がぶつかっている。
正しい人と間違っている人が争っているのではなく、正しいと思っている人同士が争っている。
人間関係のほとんどは、ここで起きているのかもしれません。
だから必要なのは、相手を自分の正しさに従わせることではない。
自分は何を望んでいるのか。
相手は何を望んでいるのか。
そして、その奥にある共通のご機嫌はどこにあるのか。
そこを見よう。
脳が選んだ映画を、そのまま生きるのか。
『タイムリープ、やってみた』BTTP
人間は、自分で考えて、自分で決めているように思っています。
でも、実は脳は、意識が「やろう」と思う前にすでに動き始めている。
つまり、僕たちは「自分が決めた」と思っているけれど、その前に無意識が決めている。
脳が先に動いて、そのあとで意識が「私が決めました」と言っている。
だとすると、僕たちは、自分が選んだ人生を生きているというより、脳が自動再生している映画を、臨場感たっぷりに体験しているだけなのかもしれない。
そして、
もし今の人生が「再生されている映画」なのだとしたら、別の映画を選びなおすこともできる。
今見ている現実は、絶対唯一の現実ではない。
脳が選んだ脚本を、自動的に演じ続ける必要はない。
意識で、「ちょっと待て」と言うことができる。
世界線の移動は、そんな小さな一時停止から始まります。
9月9日、みんなで引き寄せる実験をしよう。
2013年、夏。
ビックリするくらいピンポイントの引き寄せがありました。
とあるきっかけで、
3週間後の9月9日に出版決定、と決めたんです。
そして──
フューチャーマッピングを書いた。
そして、本当に9月9日に「本を書きませんか」と言われた。
(これが、2015年出版の『読書の方法』です)
だから、もう一度やってみようと思っています。
これは遊びです。
実験です。
でも、本気の遊びです。
そして今回は、ひとりでやるより、みんなでやりたい。
集合無意識を使って、みんなでそれぞれの9月9日を目指す。
出版。
開業。
キッチンカー。
憧れの人に会う。
ライブチケットを引き寄せる。
健康。
パートナーシップ。
やりたいことを見つける。
何でもいい。
大切なのは、「これくらいならできそう」ではなく、「アホみたいだけど本当は欲しい」を選ぶこと。
引き寄せられたら最高!
引き寄せられなくても、その日までご機嫌に過ごせたら、それだけで充分!
でもどうせなら、引き寄せたい。
どうせ学ぶなら、実践したい。
どうせ朝活をするなら、人生のどこかを本当に動かしたい。
そんな旅の仲間を、今、募集しています。
AI時代に、本を読む意味。
7月は、みんなでミヒャエル・エンデの『モモ』を読みたいと思っています。
感想文はいりません。
自分のペースで読む。
気になったところに線を引く。
分からないところにも線を引く。
心が動いたところを写真に撮って、みんなでシェアする。
他の人が線を引いたところを見て、自分の本にも線を引いてみる。
そんな、ラクガキ読書会。
今、僕が大事だと思っているのは、人文学的知性です。
社会はどうあるべきなのか。
人間はどう生きるべきなのか。
そして自分は、その中で何をしたいのか。
AI時代、人間が考えるべき領域はここにしかないと思っています。
何をすればいいか。
どうすればいいか。
そこはAIがどんどん得意になっていく。
でも、なぜ生きるのか。
どんな世界を選ぶのか。
誰と、どこへ向かうのか。
これは、僕たちが考えるしかない。
そしてその問いを深めるために、本が使える。
本を読むとは、情報を得ることではなく、別の世界線に触れること。
別の意識に触れること。
脳が自動再生している映画から、少しだけ抜け出すこと。
だから、今日も本を使う。
ご機嫌な世界線を選ぶために。
今日という一日も、脳が勝手に選んだ映画をそのまま見るのか。
それとも、意識で世界線を選び直すのか。
どちらでもいい。
でも、選べるかもしれない。
そう思えたら、今日の景色は少し変わります。
今日も本を使って、ご機嫌な世界線を選択してまいりましょう。
また明日の朝活で、新しい問いとともに。
くっきー🍪
*記事内で紹介した本は、現在の僕の探求テーマとして掲載しています。アフィリエイトリンクを含む場合があります。

