引き寄せ朝活965回。
あなたが、考えるだけで幸せな気持ちになれることは何ですか?
おいしいご飯。
旅行。
新しいことへの挑戦。
誰かとの時間。
好きな本。
人によって答えは違います。
でも今日は、そこからもう一歩だけ潜ってみました。
「何が好きなのか」ではなく、
「その何が、好きなのか?」
僕たちは、自分が好きだと思っている「もの」そのものを、好きなわけではないかもしれません。
その奥にある、小さなモチベーション。
そこが見えてくると、人生の選び方はかなり変わります。
「本を売らない本屋さん」なんて、何の役に立つんだろう。
最近の僕は、「本を売らない本屋さん」を世界中に広げられないかと考えています。
本棚ひとつでもいい。
ダンボール一箱でもいい。
そこに誰かの一冊があって、その本が次の誰かの世界への入口になる。
そんな小さな本屋さん(売らないけど)が、札幌から世界中へポツポツと生まれていったら面白い。
考えているだけで、かなり楽しい!
でも、
「そんなものを作って、どうするんだ?」とも思う。
それ自体を大きなビジネスにしたいわけでもない。
むしろこれに関しては、お金を取る仕組みにしようとすると、僕はあまりやりたくなくなってしまう。
無料で勝手に増殖していくくらいがいい。
では、なぜそんなことをやりたいのか。
『ダークホース』には──
「小さなモチベーション」を大切にするという考え方が出てきます。
「何になりたいですか?」
「人生で何を成し遂げたいですか?」
そんな大きな問いではなく、
自分は、何をしているときにテンションが上がるのか。
その小さな喜びを細かく見ていく。
本を売らない本屋さんを考えていると、僕は明らかにテンションが上がります。
だったら、しょうがない。
やりたいんだから(笑)
好きなことを探すより、「好きの解像度」を上げる。
友人に、子どもの頃、妹さんのためにキャラ弁を作るのが大好きだった人がいます。
「キャラ弁を作るのが好き」
と聞いたら、料理が好きなのかなと思います。
でも、
細かい作業が好きなのかもしれない。
キャラクターを再現するのが好きなのかもしれない。
ところが、
話を聞いてみるとそれも違った。
その人が一番好きだったのは、
妹さんがお弁当箱を開けた瞬間に、「わあ!」となること。
つまり、キャラ弁はひとつの手段。
料理である必要すらなかった。
その人の小さなモチベーションは、
「人が、わあ!となる瞬間をつくること」
これはかなり大きな違いですよね。
「好きなことを仕事にしよう」
と言われると、多くの人が職業やジャンルを探します。
本が好き。
旅行が好き。
料理が好き。
人と話すのが好き。
でも、それだけだとまだ粗い。
本の何が好きなのか。
旅行の何が好きなのか。
料理の何が好きなのか。
人と話しているときの、どの瞬間が好きなのか。
同じ「旅行好き」でも、
知らない場所へ行くことが好きな人もいれば、
計画を立てることが好きな人もいる。
現地の人と話すことが好きな人もいれば、
ホテルに入った瞬間が好きな人もいるでしょう。
大切なのは、
「好きなもの」を増やすことではなく、「好き」を分解すること。
好きの解像度が上がるほど、自分の人生を自分向けにカスタマイズできるようになります。
僕は「人を変える」より、「人が変わる仕組み」を作りたいらしい。
では、僕は何が好きなんだろう。
本を広めたい?
もちろん、それもある。
でも「たくさんの人に本を読んでもらうこと」そのものが、一番の萌えポイントではなさそうです。
そこで出てきた言葉が、
「つながり」と「仕組み」
人と人。
本と人。
知らなかった世界と人。
新しいつながり(=新しい情報)をきっかけに、
その人の新しい世界の扉が開く。
僕はどうやら、それを見るのがかなり好きです。
そしてもうひとつ。
僕は、一対一で誰かと向きあうことには、それほど強い欲求がありません。
コーチングでも、カウンセリングでも、コンサルティングでも、
目の前の人に一生懸命働きかけて、
「あなたの人生を僕が変えます!」ということには、そこまで萌えない。
むしろ、
僕がいなくても、その仕組みに触れた誰かの人生が勝手に変わってしまう。
こっちにものすごくワクワクします。
僕が講演会で二時間しゃべって誰かが変わるより、
僕はその二時間、本を読んでいたい(笑)
その代わり、
どこかで誰かの人生にインパクトが起きる「場」や「仕組み」を作りたい。
本を売らない本屋さんも。
読まない読書会も。
誰かの首根っこをつかんで、
「あなた、変わった方がいいよ!」はやりたくない(そんな、おせっかいな人がいるのはいいと思っています)。
変わるかどうかは、その人が決めればいい。
僕がやりたいのは、
変わってもいい場所を、世界にたくさん置いておくこと。
カレーに文句を言うより、次のラーメンを注文する。
今日で、『新訳 引き寄せの法則』朗読、「意図的な創造の法則」のパートが終わりました。
僕たちは放っておくと、「初期設定」のまま世界を見てしまう。
親から教えられたこと。
学校で教えられたこと。
社会の常識。
過去の成功や失敗。
そういうものが積み重なって、
「普通こうでしょ」
「人間ってこうでしょ」
「私はこういう人間でしょ」
という初期設定ができていきます。
すると、自分と価値観が違う人が、
クソ上司に見えたり、
ポンコツパートナーに見えたり、
やる気のない子どもに見えたりする。
そして、目の前の現実に文句を言い始めます。
これを食堂にたとえてみると(なぜに?笑)
ラーメンが食べたかったのに、目の前にカレーが出てきた。
「なんでカレーなんだ!」
「カレーなんてありえない!」
「どう考えてもラーメンでしょ!」
「このカレーのここがダメなんだよ!」
と、一生懸命カレーについて語る。
でも、
もうカレー、来ちゃってるんですよね。
目の前のカレーをどれだけ批判しても、ラーメンには変わりません(笑)
だったら──
次の注文を出せばいい。
「僕はラーメンが食べたいです」と。
目の前の現実を無視するということではありません。
嫌なものを「素晴らしい!」と思い込むことでもない。
ただ、
すでに起きた現実へのダメ出しに、人生のエネルギーを使わなくてもいい。
そのエネルギーを、「では、僕は何を望んでいる?」に向け直す。
現実への文句から、次の世界線の注文へ。
この方向転換だけでも、人生はずいぶん違ってきます。
「引き寄せができない人」は、存在しない?
引き寄せをやっているけれど、うまくいかない。
その感覚、すごくわかります。
僕も、長年そう思っていました。
今読んでいるエイブラハムの引き寄せの法則の考え方では、
引き寄せが「できる/できない」という発想をしません。
望んだことも、
望んでいないことも、
すべて引き寄せている、と考える。
もし、「いいことは自分が引き寄せた。でも悪いことは世界が勝手にやった」
と考えるなら、悪いことが起きた瞬間、自分には手の出しようがなくなります。
一方、
「自分も何らかの形で、この現実に参加している」と仮定してみる。
すると、
次は違う選択ができるかもしれない。
主導権が、自分に戻ってくる。
だから──
僕たちの引き寄せ能力は100点満点です!
問題は、引き寄せ能力があるかどうかではない。
引き寄せの使い方が上手いか、下手か。
そう考えると、「私には才能がない」ではなく、
「じゃあ、ちょっと練習してみよう」になります。
引き寄せ凡人には、引き寄せ凡人なりの練習が必要です。
引き寄せ天才に「ただ願って受け取ればいいのよ」と言われても、
長嶋監督に「来た球を打てばいい」と言われているようなものです(笑)
いや、それができないから困ってるんです。
だから、本を読む。
試す。
失敗する。
また試す。
僕にとって引き寄せは、信じるか信じないかというより、
人生の主導権を自分に戻すための実験です。
本を使って、
自分の世界の見え方を少しずつ変えていく。
そんな場所を、これからも一緒につくれたらうれしいです。
今日という一日も、ご機嫌な世界線を選ぶ一日に。
また明日の朝活で、新しい問いとともに。
くっきー🍪
*記事内で紹介した本は、現在の僕の探究テーマとして掲載しています。アフィリエイトリンクを含む場合があります。

