人生を変えるのは、正しい答えじゃない。「なんじゃこりゃ」である
引き寄せ朝活942回。
ホームパーティー的なことやりたいなと思い……
初めて自宅でブックパーティーを開催しました!
90分の読まない読書会と、90分の人生の作戦会議。
参加者は3人。
開催まで数日しかないタイミングで告知したので、最初は、
「ひとりでも来てくれたら、テスト開催できるからいいや」
と思っていました。
ところが、3人来てくれました。
おかげで、ひとりひとり時間をたっぷりと使うことができ、
本を使って遊びながら、それぞれの人生について、じっくり引き寄せ作戦会議ができました。
とてもいいテテスト開催になりました。
そして……
ブックパーティーが始まる前には、家中を掃除。
そうじ力の実践です。
窓を磨き、部屋を整え、前日からかなり念入りに準備した。
やっぱり、人が家に来る予定を先に入れるのはいいですね。
掃除をしようと思っていても、何もなければ、
「明日でいいか」
になってしまう。
でも、誰かが来るとなれば、やるしかない。
人を迎えるために部屋を整えたはずなのに、終わってみると、いちばん気持ちよくなっているのは自分でした。
同じ部屋なのに空気まで変わったように感じます。
自宅ブックパーティーは、参加者の人生を動かす場であると同時に、僕自身の暮らしと人生も動かす仕組みになりそうです。
そして、
3時間で解散後、残れるメンバーでUber Eatsで、タイ料理をオーダー。ビールも飲みながら気軽な懇親会も楽しかった。
数日前告知だったけど、やってよかったー!
やりたいことを止めているのは、だいたい無意識である。
この自宅ブックパーティーは、ずっと前からやりたいと思っていました。
でも──僕はこういうことを、よく先延ばしにします。
やりたい。
面白そう。
なるべく早くやろう。
そう思いながら、告知をしない。
明日やろうと思っているうちに、開催予定日が近づいてくる。
そして最後には、
「もう今から告知しても遅いよな」
と言って、結局やらない。
このパターンを、僕は何度も繰り返しています。
「無意識に人生を操られないようにしよう」
「本当に行きたい世界線を選ぼう」
なのに、僕自身が、現状を変えたくない無意識に操られまくっている。
僕が行きたい人生は、やりたいことを思いつきながら、何も始めない人生じゃありません。
完璧に準備が整ってから始める人生でもない。
だから今回は、
「誰も来なくてもいいから、とりあえず始めよう」
今回の目的は、大成功することではなく、
毎月ブックパーティーを開催する人生を、始めること。
仮に参加者いなくても、来月のお知らせができるので、今回はそれでOK。
一度でも開催できれば、次からは「やったことがある自分」になります。
ゼロ回と1回の間には、大きな壁があります。
でも、1回と2回の間にあるのは、改善だけです。
人生を変えるときに必要なのは、大きな成功ではなく、
「もう始まっている」
という事実です。
自分の問題は、自分の答えでは解決できない。
読まない読書会では、まず、自分が知りたいことを質問にします。
たとえば、
「どうすれば1億円を稼げますか?」
「理想のパートナーと出会うには?」
「これから、どんな仕事をしたらいい?」
どんな質問でも構いません。
その質問を付箋に書きます。
読まない読書会では、その質問を隣の人に回します。
自分のところには、他の人の質問がやってきます。
自分にはまったく興味のない質問。
自分が一度も考えたことのない問題。
しかも、その答えを、自分が持ってきた本から3分で探さなければなりません。
そんな答え、この本に書いてあるわけがない(笑)
だから、こじつける。
勝手に解釈する。
無責任な答えを書く。
それを人数分ぐるぐる回していくと、最後には、自分の質問に対する、たくさんの謎の回答が集まってきます。
一見すると、
「なんじゃこりゃ」
という答えばかりです。
でも、この「なんじゃこりゃ」が、宝の山なのです。
なぜなら、
自分がすぐ理解できる答えは、すでに自分の枠の中にある答えだからです。
僕たちは、教育、しつけ、常識、過去の経験などによって、自分なりの考え方をつくっています。
それが、今使っている知識、能力、感情、行動パターンの範囲にいる「小さな自分」です。
今の自分の知識や行動で対処できることは、問題だとは思いません。
トラブルが起きても、
「こうすればいい」
とわかっているなら、対処すればいいだけです。
ところが、
いつまでも解決しない問題は違います。
何度言っても変わらない上司。
ずっとわかり合えないパートナー。
勉強しない子ども。
何度挑戦しても動かない仕事。
それが問題になっているのは、今の自分の考え方、感じ方、行動の仕方では、解決できないからです。
問題を解決できるのは、今とは違う「大きな自分」だけです。
つまり、問題を解決するには、今の自分には思いつかない答えが必要です。
でも、自分ひとりで考えているかぎり、自分の枠の外の答えは、なかなか出てきません。
だから、他人の無責任な答えが役に立つ。
最初は意味がわからない。
受け入れがたい。
「そんなことをして、何の意味があるの?」
けれど、その引っかかりを眺めていると、ある瞬間、
「あれは、こういう意味かもしれない」
と、自分の世界が広がります。
それが人生の伏線となり、しばらく後に問題を解決してくれるのです。
人生の伏線は、最初から伏線らしい顔をして現れるわけではありません。
「なんじゃこりゃ」
という顔で現れます。
幸せなまま、止まっていないか。
未来を想像するときには、ひとつ注意したいことがあります。
それは──
想像の中で、満足してしまうことです。
叶った未来を想像する。
幸せな気分になる。
いい気分になる。
それ自体は、とてもいい。
ところが、そこで満足してしまうと、現実を動かすエネルギーがなくなってしまいます。
叶っていないのに、気分の中で叶えてしまう。
満足してしまう。
満足してるので、困ってもいない。
何も付け加える必要がない。
そのまま時間だけが止まる。
僕自身、この罠にはまりやすいです。
未来を想像して、満足する。
そして、何もしない。
イメージが行動につながっているか。
「よし、やろう」という希望や期待が生まれているか。
そこは、確認した方がいい。
たとえば、
底なし沼にはまっているのに、空を見上げて、
「青空がきれいだな」
「風が気持ちいいな」
と幸せを感じている状態。
その場を楽しむことは大切です。
底なし沼の中で、不機嫌になる必要もない。
でも、本当に陸地へ行きたいなら、
「自分は今、底なし沼にいる」
という現実も見なければなりません。
現実を見たうえで、どんな気分で次の一歩を選ぶかです。
幸せを感じながら、歩き出す。
満足で止まるのではなく、希望へ進む。
今の幸せが10点満点に感じるなら、人生そのものを100点満点に広げてみる。
次の11点目には、どんな世界があるのだろう。
今の自分の枠の中では満たされていても、大きな自分には、まだ見たい景色があるかもしれません。
人生は、完成した物語ではなく、伏線を置いている途中である。
今起きたことを、未来の自分が拾い集めながら、物語にしていく。
何気ない今日が、未来の伏線になる。
だとすれば、今日起きる「なんじゃこりゃ」を、すぐに捨ててしまわなくてもいい。
意味のわからない答え。
少し恥ずかしい望み。
自分らしくない行動。
一見、無駄に見える出会い。
それらの中に、大きな自分へ向かう入口が隠れているかもしれません。
今日という一日にも、未来から回収される伏線が置かれるかもしれません。
まだ意味のわからない出来事を面白がりながら、望む方へ何度でも向き直る。
人生の伏線は、だいたい「なんじゃこりゃ」から始まる。
だから今日も、少しだけ枠の外へ。
まだ知らない自分に出会いに行きましょう。
くっきー🍪

