正解を知っているのに、なぜ人生は変わらないのか?
引き寄せ朝活916回。
日曜日は、「読まない読書会」からスタート。
本を「読む」のではなく──本を「使う」
ページを開き、目に飛び込んできた言葉を、今週のご機嫌行動へこじつける。
今日、用意した本は、『西洋の敗北』。
今日、飛び込んできた言葉は、
「ミアシャイマー」
どうやら、人の名前。
これが、今週の僕たちのご機嫌のヒント。
意味がわからない。
関係ない。
使えない。
でも、読まない読書会では、ここからが本番。
なぜなら、人生を動かすのは、「正解」とは限らないからです。
実は、
僕たちは、たいていすでに正解を知っています。
早く寝た方がいい。
片づけた方がいい。
本を書いた方がいい。
企画書を出した方がいい。
人に優しくした方がいい。
ご機嫌でいた方がいい。
そんなことは、だいたい知っている。
でも、知っているのに動けない。
わかっているのに変われない。
だから読まない読書会では、「100点の正解」ではなく、「0点でも人生が動く答え」を探します。
ミアシャイマー。
そこから出てきたのは、
皆シャイ。
皆社員。
皆シャーマン。
見なさい、満(万?)
完全にこじつけです。
でも、人生にはこの「こじつけ力」が役立ちます。
人生は、正解ではなく“動いた方”に進む。
僕たちは、つい正解を探してしまいます。
これで合っているのか。
これで成功するのか。
これは効率的なのか。
これは意味があるのか。
もちろん、試験なら正解は大切です。
でも、人生は筆記試験ではありません。
人生で大切なのは、正しい答えを持つことではなく、その答えによって自分が少しでも動くことです。
やる気にならない100点の答えより、
ちょっと笑えて行動したくなる0点の答え。
完璧な計画より、
今日ペンを持つだけの一歩。
立派な使命より、
なんかニヤニヤできる未来。
そちらの方が、人生を動かします。
今日の「ミアシャイマー」から出てきた最初のヒントは、「みんなシャイ」でした。
みんな本当は、自分を出すのが怖い。
自分の本音を書くのも怖い。
自分の願いを言うのも怖い。
「こんなこと言ったら恥ずかしい」
「こんな夢、笑われるかもしれない」
「こんな願い、叶うわけない」
そうやって、人生の声をしまい込んでしまう。
だから、ノートを開き、自分が感じていること、考えていることを書き出してみる。
今週のベイビーステップは、まずノートを開くこと。
きれいに書かなくていい。
整理しなくていい。
「書くことがない」と思ったら、「書くことがない」と書けばいい。
「うーん」と思ったら、「うーん」と書けばいい。
僕はそれを、うんこノートと呼んでいます(笑)
美しい言葉でなくていい。
立派な気づきでなくていい。
まず、頭の中にあるものを紙の上に出す。
それだけで、世界線は少し変わります。
願いは、現実的である前に、楽しいか。
「そんなの無理でしょ」と思う自分と、
「でも、それが起きたら最高じゃない?」とニヤニヤする自分。
引き寄せの法則で大切なのは、現実的かどうかより、まず自分の感情が動くかどうかです。
安心する願いと、楽しい願いは違います。
叶いそうな願いと、魂が喜ぶ願いも違います。
僕たちは、知らないうちに願いを小さくします。
どうせ無理だから。
これくらいなら叶いそうだから。
失敗したら恥ずかしいから。
でも、その小さくした願いは、本当に自分を動かしてくれるのでしょうか。
引き寄せの法則を意識するようになって実感しているのが、
心が動かない現実的な目標より、
ニヤニヤしちゃう、アホみたいな目標が実現する!
大切なのは、他人から見てすごいかどうかではありません。
自分がニヤニヤするかどうか。
それが、引き寄せが発動するサインです。
ありのまま受け入れるとは、何もしないことではない。
『新訳 引き寄せの法則』朗読。
ありのまま受け入れる。
許す。
そう聞くと──
じゃあ、ひどい上司をそのままにしろということ?
ポンコツな部下を放置しろということ?
嫌なことをされても我慢しろということ?
そう思ってしまう。
でも、そうではありません。
ありのまま受け入れるとは、相手の行動に対して、自分の内側がネガティブに巻き込まれなくなること。
怒鳴っている人を見ても、自分の中が乱れない。
相手が未熟でも、自分のご機嫌を失わない。
相手の選択を見ても、自分の世界線まで崩さない。
それは、優しくすることとは違います。
何も言わないこととも違います。
必要なら、指導すればいい。
必要なら、意見を言えばいい。
必要なら、距離を取ればいい。
でも、その行動を「不機嫌」からするのか、「ご機嫌」からするのか。
この違いです。
不機嫌からの指導は、相手を変えたいようでいて、実は自分の怒りを発散しているだけ(ダメじゃないですよ)。
ご機嫌からの指導は、相手の可能性を見ながら、必要な言葉を渡すことができる。
同じ言葉でも、文脈が変わる。
同じ行動でも、伝わり方が変わる。
最高の上司と最悪の上司は、同じ行動をしています。
任せる。
意見を言う。
方針を変える。
ぶれない。
柔軟である。
それが「最高」に見えるか「最悪」に見えるかは、その人の普段のあり方、つまり文脈によって変わる。
結局、問われているのは、
何をするか。
どうするか。
ではなく、
なぜ、それをするのか。
どんな自分として、それをするのかです。
人は、安心している時に変わる。
人はどうしたら変わるのか。
ポンコツ部下が優秀になる。
クソ上司が最高上司になる。
自分が変わる。
パートナーシップが変わる。
これらは全部、「変化」です。
そして変化とは、学習です。
脳が新しいことを学ぶことを、変化と言います。
では、人間の脳は、どんな時に学ぶのか。
それは──
安心安全な時です。ワクワクする時です。
安心安全があり、心地よさがあり、面白さがある時、脳は学び始める。
遊んでいる子どもが、驚くほど早くルールを覚えるように。
好きなことなら、勝手に工夫し、勝手に覚え、勝手に伸びるように。
「やらされている」時、人は学ばない。
「責められている」時、人は守りに入る。
「どうせ自分はダメだ」と思った時、人は閉じる。
だから、変化を起こしたいなら、まず場を整える必要があります。
相手を変えたいなら、相手の脳が学べる状態をつくる。
自分を変えたいなら、自分の脳が安心できる状態をつくる。
そうじ力とは、世界線の編集である。
『あなたの部屋は、あなた自身です。』舛田光洋
この言葉、刺さりますよね。
一年前はまだ、僕も本が多すぎて、部屋が大変なことになっていました。
本棚に収まらない本。
セミナー資料。
いつか読むかもしれない本。
いつか使うかもしれない資料。
そうやって、「かもしれない」が山になっていた。
でも、基準を変えました。
(止むに止まれぬ理由で)
「これからも読むかもしれない本」ではなく、
「これからも読みたい本」だけを残す、と。
その基準に変えたら、何百冊も手放せました。
セミナー資料も、95%くらい手放しました。
そして部屋が変わると、思考が変わりました。
これは、かなり明確に変わりました。
何を自分の人生に入れるのか。
何を自分の人生から出すのか。
そうじ力とは、単に部屋を綺麗にすることではありません。
自分の人生を選び直す行為です。
今の自分の基準で生きるのか。
大きな自分の基準で生きるのか。
そこに、これからの人生の方向性が出ます。
人生は、大きな決断で変わるわけではありません。
むしろ、人生は小さな選択で変わっていく。
今日、どんな気分を選ぶか。
今日、どんな言葉を書くか。
今日、どんな本を手元に残すか。
今日、誰の可能性を見るか。
今日、自分の願いを小さくしないか。
そんな小さな選択が、少しずつ未来を変えていく。
今日という一日も、ご機嫌な世界線を選ぶ一日に。
また明日の朝活で、新しい問いとともに。
くっきー🍪
*記事内で紹介した本は、現在の僕の探求テーマとして掲載しています。アフィリエイトリンクを含む場合があります。


正解じゃなく行動した方に動く。小さな積み重ねで大きな動きにしていきたいですね✨
これからも読みたい本だけを残す!本以外の洋服とかいろんな物に応用できそうですね✨️