現実は、無意識のスクリーンショットである
現実は、無意識が残した証拠である。
無意識は、直接は話してくれません。
「私は失敗が怖いです」
と、分かりやすく名乗ってくれたら楽なのですが、たいていは黙ったままです。
その代わり、現実の中に証拠を残します。
いつも告知が遅れる。
大切な場面になると、別のことを始める。
期限直前に体調を崩す。
準備ばかりして、公開しない。
うまくいきそうになると、急に興味を失う。
こうした出来事を、ただの性格や偶然として片づけず、名探偵のように眺めてみる。
すると、現実の背後にある前提が見えてくることがあります。
僕の場合は、
「本気でやって失敗するくらいなら、本気ではなかったことにしておきたい」
という無意識があったのかもしれません。
人が集まらないのが怖い。
恥ずかしい。
自分には価値がないと感じたくない。
だから、言い訳のできる条件を自分でつくる。
これに気づくと、世界の見え方が変わります。
現実は、自分を罰しているのではない。
現実は、無意識を見せてくれている。
僕たちが目の前の出来事に対して、
「なんでこんなことになるんだ」
と思うとき、その出来事は敵に見えます。
でも、
「この現実は、僕のどんな無意識を映しているのだろう」
と問うと、現実は先生になります。
すでに引き寄せている現実を観察し、そこに映った自分の無意識を読み解く。
現実は、無意識のスクリーンショットです。
気に入らない画面が表示されているなら、画面を責め続けるのではなく、どんな無意識の設定がその画面を生み出しているのかを確かめてみる。
そのとき、世界線を変える入口が見つかります。
「本当に欲しいもの」を願えない理由。
今、朝活では九月九日に向けて、それぞれが欲しいものを引き寄せる実験をしています。
少しアホみたいな目標の方がいい(笑)
これくらいなら叶いそう、という無難なものではなく、実現したらニヤニヤしちゃうこと。
でも、
本当に欲しいものを願おうとすると、怖さが出てきます。
それが手に入らなかったら、傷つくから。
どうでもいい願いなら、かなわなくても傷つきません。
けれど、大切な願いほど、かなわなかったときの痛みも大きい。
だから僕たちは、自分が本当に欲しいものを想像すること自体を、少しずつ封印していきます。
「現実的に考えて」
「もう年齢的に」
「自分には向いていないし」
「別に、そこまで欲しくない」
そうやって、願いを小さく加工する。
願いがかなわないことより、願うことをやめてしまう方が、平穏で安全だからです。
けれど、願いを持たないようにしても、本当に欲しかったものが消えるわけではありません。
見えない場所に追いやられるだけです。
そして、
自分でも理由の分からない不満や寂しさになって、日常のどこかに表れます。
だから、まずはかなうかどうかを脇に置いて、
「本当は、どうなったらうれしい?」
と自分に聞いてみる。
そして、自分の中にあるものを、存在してよいと認めることです。
なぜ、悪い過去世ばかり採用するのだろう。
『新訳引き寄せの法則』エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス
今日のテーマは、過去世。
過去世での経験は、現在の人生に影響するのか。
ズバリ!
過去世は、今の人生に関係ない!!
ただ、過去生に注意を向け、信じることで今の人生に影響が生まれる。
僕は、魂がいろいろな人生を経験している、という考え方が好きです。
本当かどうかは分かりませんが、僕は、この世界観を採用中です。
ただ、面白いなと思うのが……
過去世の影響を語るとき、なぜか悪いものを多く採用していませんか?
過去世で裏切られたから、人を信じられない。
過去世で貧しかったから、お金に苦労する。
過去世で何かをした報いで、今の人生がうまくいかない。
では、良い影響はどうなのでしょう。
過去世で優れた商人だったから、商売の才能がある。
過去世で多くの人を愛したから、今も人を包み込む力がある。
過去世で芸術家だったから、表現することに深い喜びを感じる。
こちらも同じくらい採用してよさそうです。
しかし、良い過去世を採用すると、自分の才能を使わなくてはいけなくなるかもしれません。
「私は過去世から力を受け取っている」
と言ってしまったら、挑戦する理由が生まれてしまう。
悪い過去世なら、
「だから仕方ない」
で終われます。
良い過去世なら、
「では、今世で何を始める?」
と問われます。
人は、苦しみの理由を拒否してるようで、行動しなくて済む説明を求めているのかもしれません。
過去世を信じるかどうかより、その物語によって自分を小さくしているのか、それとも自由にしているのか。
僕にとって大切なのは、そちらです。
時間が幻想なら、未来の人生も過去世になれる。
時間は幻想です。
基本、科学では時間を説明できないらしいですよ。
もし時間が幻想で、過去も未来も本当は存在しない、もしくは同時に存在しているのなら、なぜ僕たちは、現在より前にある人生からしか生まれ変わらないと考えるのでしょう。
未来の人生から、今の自分に生まれ変わることがあってもいいですよね。だって、幻想なんだから!
未来の自分の経験が、今の自分に流れ込んでいてもいい。
来世で宇宙飛行士になった自分が、今の僕に『宇宙兄弟』を読ませているのかもしれない。
未来で作家として生きている自分が、今の僕にもう一度出版を願わせているのかもしれない。
未来で世界中の人と踊っている自分が、今の僕に「面白そうな方へ行け」と呼びかけているのかもしれない。
「なぜか分からないけれど、やってみたい」
その感覚を、単なる気まぐれとして片づけない。
未来の自分が送ってきた招待状かもしれない。
『ドカベン』を読み直すと、自分の変化が見える。
漫画『ドカベン』が、新版で再リリース中です。
言わずと知れた、高校野球漫画の金字塔(プロ野球編もありますが)。
ところが──なかなか野球が始まりません。
高校生ですらありません。
高校野球漫画だと思って開くと、
かなり長い間、まさかの中学柔道部ものなんです。
そして、何より昭和です。
長屋があり、番長がいて、すぐに殴り合う。
子どもの頃に読んだときは、ほとんど違和感がありませんでしたが、今読むと……
「ずいぶん世界が変わったな」
と思います。
作品は変わっていません。
変わったのは社会であり、僕です。
昔読んだ本を読み返すことは、本の再読であると同時に、自分の再読でもあります。
当時は何も感じなかった箇所に驚く。
当時は理解できなかった人物に共感する。
本に書かれている文字は同じでも、自分が変われば、別の本になります。
だから、一度読んだ本も終わりではありません。
人生が進むたびに、開き直せる扉なのです。
今日、あなたの前に小さな招待状が届いているかもしれません。
なぜか気になる本。
少し話してみたい人。
行ってみたい場所。
始めたいけれど、役に立つか分からないこと。
すぐに人生を変える必要はありません。
ほんの少し、そちらを向いてみるだけでいい。
もしかすると未来のあなたは、その小さな寄り道を振り返って、
「あそこから全部が始まった」
と言うかもしれません。
毎朝ここで交わされる言葉もまた、僕たちの未来に残る小さな伏線なのだと思います。
今日という一日も、最短距離だけを探さずに。
少しくらい寄り道をしながら、ご機嫌な世界線を選ぶ一日に。
また明日の朝活で、新しい問いとともにお会いしましょう。
今日も読んでくださり、本当にありがとうございます。
くっきー🍪
*記事内で紹介した本は、現在の僕の探求テーマとして掲載しています。アフィリエイトリンクを含む場合があります。

